車を生産すれば、最後は廃車であろうが、その前に、車は資産の一部でもあるから、中古住宅のように、持ち主を換えるだけで、しばらくは、使い回しができる。
けれども、機械には、所詮、寿命があるため、どうしようもなくなったら、どの道、廃車になる運命だ。
わたしは、車を運転しないが、喫煙者ではある。反禁煙運動の言に、一番の健康被害は、車の排気ガスとあった。
たばこでは、決して肺が黒くならないとの言質もある。
なるほど、と思うが、結局、人間は、物を作りだしたとしても、その物の影響に関しては、あまり考えが及ばないのかもしれない。
日本のかつての公害問題も、何十年経って、ようやく国が動き出した。国が悪いというのか簡単なことだが、やはり、人間は、まず生きることを先行させるのかもしれない。
翻って、車の問題を見れば、車を利用していたとしても、環境問題との関係が問われる。
たとえ廃車にしたとしても、ゴミ問題として、環境問題とリンクされる。
結局、現在、車の売れ行きが悪いのも、不況のせいばかりでなく、人々のエコ意識の高まりがあるからかもしれない。
いずれにせよ、今さら歩行を主体にした生活には戻せない。車が生活必需品のようになっている以上、ここから、ゴミ問題などを解決しなければいけない。
すでに当り前のことになっている、と今は思っている。
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